2008年 12月 06日
時計売り |
昔、クタで遊んでいた頃のことを思い出しちまった。
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確か、2度目か3度目にバリを訪れた時のことだったと思う。大した目的も無くバクンサリ通りを歩いていると、歳の頃20代前半と思われる時計の行商人に声をかけられた。
「時計、いりませんか?」
彼が広げた縦50センチ、横1メートルくらいのケースにはバッタもんのブランド時計がずらり。
「いや、いらん。日本でこいつ(G-Shock)を買ってきたばかりだ」
そのままやり過ごし、歩みを進めていると、今度はサングラスの行商人に声をかけられた。
「サングラス、いりませんか」
「いや、いらん。日本でこいつ(レイバン)を買ってきたばかりだ」
適当に店を冷やかし、戻る途中にまた同じ時計の行商人に声をかけられた。
「旦那、時計…」
「だから、いらんて言ったのに」
「そうでしたね…」
途中、喉が渇いたので、スーパーの前に併設されていたカフェでビールを飲む。すると、物売りたちがわらわらと集まってきた。オープンエアーのカフェの前は彼らの格好の仕事場なのだ。
だが、彼らは敷地内に入ってくることは出来ない。境界線を越えると警察の取り締まり対象になるからだ。とは言いつつも、10人近い物売りが「これ買え」「あれ買え」と俺に向かってアピールし続ける中でリラックスしてビールを飲むことなんぞ出来ない…
「おちつかねぇなぁ…そろそろ帰るか」と思っていると、時計の行商人がやってきた。
「旦那、時計…」
「あ、またおまえ…」
「あ、また旦那…」
同じ行商人であった。
「旦那、随分長い時間この通りに居ますね?」
「ああ、その辺ぶらぶらしてた。どうだ?売れたか?」
「全然。今日はもうだめかな…」
「そうか。時計は買わないが、ビールでも飲むか?」
「…いや、俺たちはそっち側で商売しちゃいけないことになっているんですよ」
「俺も買わないよ。そのケースも蓋を閉じればいいじゃねぇか」
「う~ん…」
「(ウェイトレスに向かって)な、いいだろ?」
ウェイトレスも「仕事しないならいいわよ」ということで、彼は商売道具をたたみ、カフェのスペースに上がってきた。
「んじゃ、乾杯」
「いただきます。乾杯。旦那、日本人ですよね?」
「ああ、そうだよ」
「日本人はお金持ってますよね~」
「まぁ、人によるんじゃないか?俺なんか失業中だぜ?帰ったら仕事を探さなきゃいけないんだ」 (丁度このころはバブル景気が崩壊し、日本は不況の真っ只中にあった。俺自身も勤めていた会社が倒産して職を失い、リセットするためにバリに来ていた。)
「失業してもバリに来れるだけで充分お金持ちですよ」
「ああ、そういう見方もあるか。でも、毎月の家賃とか払わないといけないし、頭が痛いよ」
「俺も家賃払って暮らしてます…狭い部屋ですけど」
「どこから来たんだ?」
「スマトラからです」
「バリ人じゃないのか」
「ええ。ここ(バリ)では俺たちは肩身が狭いんですよ。なにか事件があると『ジャワ人がやった』とか、『スマトラの奴らの仕業だ』とかいって、真っ先に俺たちが疑われるんですよ」
「ふ~ん」
「警察からも目の仇ですよ。バリの連中だって悪いこと沢山しているのに…」
「そうなんだ…」
と、こんな話をしていると、いきなり警官が現れ、彼の商売道具(バッタもんの時計がならべられているケース)に手をかけた。彼と警官との間で激しいやりとり。
「$#жШ!」
「☆Я@!」
(当時はインドネシア語を全く理解出来なかった)
「何が起こったんだ?」
「あの警官、俺がここで商売していると勘違いして…$#жШ!」
「おい、あんた、彼は俺に商売の話はしていない。俺がここに呼んだんだ。そいつの商売道具を返せ!」
警官は首を横にふり、そのまま商売道具を持ち去ってしまった…気まずい沈黙…
「どうしよう…」
「すまん。俺のせいだ…」
「いや、旦那は悪くないっすよ。俺が商売道具を置いてくりゃ良かったんです…」
「困ったな…」
「明日からの仕事、どうしよう…」
「どうにか商売道具を取り戻せないのか?」
「罰金を払えば取り戻せますけど、その金がないんですよ…」
「いくらだ?」
「多分、××万ルピア…(確か5千円程度だった記憶がある)…どうしよう…」
「分かった。その金、俺が払う」
「え?」
「俺のせいだ。俺が払う」
「…いいんですか?」
「ああ。ほら。これで今すぐ取り返して来たらいい」
「でも…」
「いいんだよ!ここで待ってるからな」
「すんません。ちょっと行って来ます!」
30分くらいの後、彼は無事に商売道具を取り戻し、晴れやかな顔で戻ってきた。成り行きを見守っていた他の物売りたちから歓声があがる。
「おかげさまで、ほら!」
「ああ、悪かったな」
「半分くらいなら俺でも払える金額でした。これ、残金はお返ししますから」
「いいから、とっとけば?」
「そういうわけには行きませんよ。あ、俺、悪いけどもうそっちには行きませんよ」
「ああ、止めたほうがいい」
「でも、旦那とは話がしたい…どうです?ウチに来てくれませんか?」
「遠いのか?」
「いや、すぐそこです。狭くて汚いけど…」
「じゃ、邪魔するか」
と、いうことで、奴に連れられていった先は空き地のような場所に長屋が軒を連ねる、お世辞にも清潔とは言えないような場所だった。
「ここが俺の部屋です」
広さは3畳程度か。彼は寝ていた同居人(男性)を追い出し、部屋を簡単に整理して座る場所を作ってくれた。家財道具らしきものはラジオと布団のみ。(テレビは長屋共有と思われるものが離れた小屋にあり、子供たちが集まっていた)どうやらこの長屋の住人の多くは彼と同じような商売をしているのだろう。彼は次から次へと現れる物売りを半ば怒りながら追い払い、子分格と思われる連中にコカ・コーラを買ってこさせた。彼の精一杯のおもてなしなのだろう。
2~3時間は談笑していただろうか、「そろそろ帰るわ」という俺に、ちょっと待ってください、と、静止をかけ、なにやらインドネシア語で隣人と相談している。しばらくの後、新聞紙に包まれた板状の物を手渡された。
「旦那、これ…取っといて下さい」
「ん?なんだ?」
広げてみると、縦15センチ程、横20センチ程のガラス板に描かれた稚拙なタナ・ロット寺院のお土産用絵画だった。多分、同じ長屋に住む露天商の商品だったはずだ。
正直言って、普通だったらこんなくだらないもん、欲しくない。
が、俺はその絵を美しい、と思った。これが今彼が出来る最大限の感謝の気持ちなのだろう。誠意には値段はつけられない。当事者にしかわからない価値もあるのだ。その絵は今でも大切にとってある。
俺は今でも、いい出会いだったと思っている。
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確か、2度目か3度目にバリを訪れた時のことだったと思う。大した目的も無くバクンサリ通りを歩いていると、歳の頃20代前半と思われる時計の行商人に声をかけられた。
「時計、いりませんか?」
彼が広げた縦50センチ、横1メートルくらいのケースにはバッタもんのブランド時計がずらり。
「いや、いらん。日本でこいつ(G-Shock)を買ってきたばかりだ」
そのままやり過ごし、歩みを進めていると、今度はサングラスの行商人に声をかけられた。
「サングラス、いりませんか」
「いや、いらん。日本でこいつ(レイバン)を買ってきたばかりだ」
適当に店を冷やかし、戻る途中にまた同じ時計の行商人に声をかけられた。
「旦那、時計…」
「だから、いらんて言ったのに」
「そうでしたね…」
途中、喉が渇いたので、スーパーの前に併設されていたカフェでビールを飲む。すると、物売りたちがわらわらと集まってきた。オープンエアーのカフェの前は彼らの格好の仕事場なのだ。
だが、彼らは敷地内に入ってくることは出来ない。境界線を越えると警察の取り締まり対象になるからだ。とは言いつつも、10人近い物売りが「これ買え」「あれ買え」と俺に向かってアピールし続ける中でリラックスしてビールを飲むことなんぞ出来ない…
「おちつかねぇなぁ…そろそろ帰るか」と思っていると、時計の行商人がやってきた。
「旦那、時計…」
「あ、またおまえ…」
「あ、また旦那…」
同じ行商人であった。
「旦那、随分長い時間この通りに居ますね?」
「ああ、その辺ぶらぶらしてた。どうだ?売れたか?」
「全然。今日はもうだめかな…」
「そうか。時計は買わないが、ビールでも飲むか?」
「…いや、俺たちはそっち側で商売しちゃいけないことになっているんですよ」
「俺も買わないよ。そのケースも蓋を閉じればいいじゃねぇか」
「う~ん…」
「(ウェイトレスに向かって)な、いいだろ?」
ウェイトレスも「仕事しないならいいわよ」ということで、彼は商売道具をたたみ、カフェのスペースに上がってきた。
「んじゃ、乾杯」
「いただきます。乾杯。旦那、日本人ですよね?」
「ああ、そうだよ」
「日本人はお金持ってますよね~」
「まぁ、人によるんじゃないか?俺なんか失業中だぜ?帰ったら仕事を探さなきゃいけないんだ」 (丁度このころはバブル景気が崩壊し、日本は不況の真っ只中にあった。俺自身も勤めていた会社が倒産して職を失い、リセットするためにバリに来ていた。)
「失業してもバリに来れるだけで充分お金持ちですよ」
「ああ、そういう見方もあるか。でも、毎月の家賃とか払わないといけないし、頭が痛いよ」
「俺も家賃払って暮らしてます…狭い部屋ですけど」
「どこから来たんだ?」
「スマトラからです」
「バリ人じゃないのか」
「ええ。ここ(バリ)では俺たちは肩身が狭いんですよ。なにか事件があると『ジャワ人がやった』とか、『スマトラの奴らの仕業だ』とかいって、真っ先に俺たちが疑われるんですよ」
「ふ~ん」
「警察からも目の仇ですよ。バリの連中だって悪いこと沢山しているのに…」
「そうなんだ…」
と、こんな話をしていると、いきなり警官が現れ、彼の商売道具(バッタもんの時計がならべられているケース)に手をかけた。彼と警官との間で激しいやりとり。
「$#жШ!」
「☆Я@!」
(当時はインドネシア語を全く理解出来なかった)
「何が起こったんだ?」
「あの警官、俺がここで商売していると勘違いして…$#жШ!」
「おい、あんた、彼は俺に商売の話はしていない。俺がここに呼んだんだ。そいつの商売道具を返せ!」
警官は首を横にふり、そのまま商売道具を持ち去ってしまった…気まずい沈黙…
「どうしよう…」
「すまん。俺のせいだ…」
「いや、旦那は悪くないっすよ。俺が商売道具を置いてくりゃ良かったんです…」
「困ったな…」
「明日からの仕事、どうしよう…」
「どうにか商売道具を取り戻せないのか?」
「罰金を払えば取り戻せますけど、その金がないんですよ…」
「いくらだ?」
「多分、××万ルピア…(確か5千円程度だった記憶がある)…どうしよう…」
「分かった。その金、俺が払う」
「え?」
「俺のせいだ。俺が払う」
「…いいんですか?」
「ああ。ほら。これで今すぐ取り返して来たらいい」
「でも…」
「いいんだよ!ここで待ってるからな」
「すんません。ちょっと行って来ます!」
30分くらいの後、彼は無事に商売道具を取り戻し、晴れやかな顔で戻ってきた。成り行きを見守っていた他の物売りたちから歓声があがる。
「おかげさまで、ほら!」
「ああ、悪かったな」
「半分くらいなら俺でも払える金額でした。これ、残金はお返ししますから」
「いいから、とっとけば?」
「そういうわけには行きませんよ。あ、俺、悪いけどもうそっちには行きませんよ」
「ああ、止めたほうがいい」
「でも、旦那とは話がしたい…どうです?ウチに来てくれませんか?」
「遠いのか?」
「いや、すぐそこです。狭くて汚いけど…」
「じゃ、邪魔するか」
と、いうことで、奴に連れられていった先は空き地のような場所に長屋が軒を連ねる、お世辞にも清潔とは言えないような場所だった。
「ここが俺の部屋です」
広さは3畳程度か。彼は寝ていた同居人(男性)を追い出し、部屋を簡単に整理して座る場所を作ってくれた。家財道具らしきものはラジオと布団のみ。(テレビは長屋共有と思われるものが離れた小屋にあり、子供たちが集まっていた)どうやらこの長屋の住人の多くは彼と同じような商売をしているのだろう。彼は次から次へと現れる物売りを半ば怒りながら追い払い、子分格と思われる連中にコカ・コーラを買ってこさせた。彼の精一杯のおもてなしなのだろう。
2~3時間は談笑していただろうか、「そろそろ帰るわ」という俺に、ちょっと待ってください、と、静止をかけ、なにやらインドネシア語で隣人と相談している。しばらくの後、新聞紙に包まれた板状の物を手渡された。
「旦那、これ…取っといて下さい」
「ん?なんだ?」
広げてみると、縦15センチ程、横20センチ程のガラス板に描かれた稚拙なタナ・ロット寺院のお土産用絵画だった。多分、同じ長屋に住む露天商の商品だったはずだ。
正直言って、普通だったらこんなくだらないもん、欲しくない。
が、俺はその絵を美しい、と思った。これが今彼が出来る最大限の感謝の気持ちなのだろう。誠意には値段はつけられない。当事者にしかわからない価値もあるのだ。その絵は今でも大切にとってある。
俺は今でも、いい出会いだったと思っている。
by rosinambu
| 2008-12-06 18:04
| バリ
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